カスタマー平均評価: 4
思春期特有の苛立ちのようなものがリアルに表現されている。
松本大洋による初期作品の短篇集。1990?1993年に発表された7篇が収録されている。
この単行本に収められている短篇には、土田世紀の初期作品(例えば『未成年』)と同じ匂いを感じる。言葉にするとそれは、虚無感、焦燥感、崖っぷち感、というようなことになるだろう。この本には、感じている本人にも理由のわからない苛立ちのようなものが満ち溢れている。おそらくこの苛立ちの理由は、自分の感じているものに言葉を与えられない、ということなのだろう。強烈に何かを感じているのに、それが何なのかわからない状態というのは非常に気持ちが悪い。僕もかつては同じような苛立ちを感じていたように思うが、今は比較的スッキリしている。自分の感じていることの大部分を言葉で表現できるようになったからだ。
この単行本に登場するのは1980年代テイストの不良男子高校生がほとんどで、こう言っちゃナンだが「自分の感じていることに言葉を与える」という行為そのものを知らないようなヤツラばかり。そういう彼らの姿を、自分自身は不良学生ではなかったけれど、と言う松本大洋がハードボイルド的に淡々と描いている。言葉によって説明するのではなく、彼らの日常生活を切り取っているだけなのだが、彼らの内面におけるもがき苦しみのようなものがよく表現されていると思う。エンターテイメント作品として楽しめるかどうかは、もちろん別の話だけど。
僕としては、『しあわせなら手をたたこう』『ピース』に描き込まれた閉塞感をリアルに感じた。失った夏を取り戻すために延々と麻雀を続けるだけの高校球児を描いた『夏でポン!』も吉。声をかけてくれたヤクザの話『鈴木さん』も面白い。
ぼくたちには松本大洋がいる あとがきにすら感動できる本です。過去、狂気、創造性・・・届かないものへ強い憧れや哀
愁・空しさが松本大洋さんの醍醐味だと思います。なかなか感動する体験です。いわゆる『不
良』たちの、この短編もそんな松本大洋さんの魅力を堪能できる数珠の一冊です。映画にも
なってます。両方とも面白い稀有な例であったと思います。
タイヘン面白く読める粒ぞろいのタンペン集 バブル末期1990年から1993年にかけて発表された7編の短篇を集めた一冊。 どれもオモシロい。テッテー的にけだるい高校生数名が、チープなやりかたで死への接近を競い合う「しあわせなら手をたたこう」の虚無的スリルも抜群にスグレているが、他方、狩撫麻礼の原作による「リボルバー」には、謎とサスペンスがあり、ポップ感が濃厚、それでも最後にゃ死ぬテストをしなければ気が済まない、っていうところも大受ケだ。 いずれも、逸脱/脱落していながら、どこか禁欲的な高校生数名が、ただそれだけが己に許された快楽であるかのように、死へのトライアルに酔い痴れる。 それらに比べると、ヤケにうるさくリーダー風を吹かす同級生を、発作的に刺殺する高校生を描いた「ピース」には、じゃっかん退屈さがにじむ。 展開が読めてしまうということか。 同じく、嘲笑されたと勘違いした粘着的で無骨な高校生に、ひたすら追跡されたあげく殺害される少年を描いた「だみだこりゃ」にも、どこか非現実的なムードが漂う。 おとぎばなし的ということだろう。 「夏でポン!」や「ファミリーレストランは僕らのパラダイスなのさ!」といった、不毛な時間つぶしの中で限界まで憔悴しきってゆく高校生数名を描いた作品などもある。 大別すれば、そういうことになるが、いずれも才気溢れる佳品ぞろい、ということで、まずはオススメ。
映画が先でしたが 映画を見てから、原作を読みたいと思って探しました。周りにいる松本太陽作品が好きな人たちは、あまりこの本を持っていなくて、「読んだけど訳判らなかった」と皆言うので、不安はあったのですが思い余って買ってしまいました。でも、買って良かったです。私はリボルバーが好きです。馬鹿やってられるのって奇妙だけど楽しい。それが滲み出てる感じで好きです。98年のあとがきの方が、93年のよりも好きですね。「夜明け前、街の姿がおぼろげにあらわれる時の青色」って一文が凄く心に残ってます。93年の青い春と98年の青い春では名目も収録作品名も同じようだけど、違いはあるのか、ちょっと気になってます。93年の方と違うところがあるのなら、買ってしまおうかとも思うのですが・・・。熱狂的に常に読んでいたい感じよりも、時々無性に読みたくなって読み返す本だと思ってます。
ヒーロー見参 夏が……。俺達の夏がよ……。終わらねぇんだ。 キャッチャーのカーブのサインに首を振ってエースはストレートを打たれた。それで甲子園行きはふいになった。高校野球の放送を聞きながらワンマンのエースとセンターとキャッチャーとサードは卓を囲んで延々と麻雀をし続けた。昼も夜も。甲子園の優勝校が決まる時まで。エースのパイを握る右手には包帯が巻かれている。エースは負けて手首を切ったのだ。 野球不良少年たちの夏。終われる役をあがるまでパイを引き続けるエース。 1973年、夏の甲子園、2回戦、延長12回の裏、雨の降りしきるなか作新学院の江川卓はマウンドに野手を集めた。1死満塁、カウント2ー3。ワンマンの江川がはじめてみんなに聞いた。何を投げる?江川卓の投げたストレートは大きく外???押し出しのサヨナラ負け。江川卓は夏はそこで終わる。 おそらく江川はそこで夏を終えることができたのだ。終わらなかったエースは呟く。 もし取り返しのつかない一球があるとして……それを取りかえす事が…… そう、取りかえすことは絶対にできないのだ。そんなことは分かっている。麻雀で取り返すことはできないのだ。 しかし、松本は取り返しのつかないはずの結論に……結論を書く。 『ピンポン』でペコがスマイルに勝つのは何故か。『夏でポン』のラストでそれが分かる気がする。 松本大洋は不良のヒーローを待望しているのだ。そして松本はそっとそれを見守っる男の子なのだ。松本大洋の青春ブルースは徹底して湘南している。 豊田利晃が俺しか映像化できないと豪語して撮った『しあわせなら??をたたこう』を含む『青い春』には松本大洋作品のエスキースに充ちている。多くの作品がこの短編集の作品をベースにしている。
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